◆ESTRELAS・・・・・・・・・From.潮崎果林様

「陛下…これ、なんですか?」
書類に目を通す国王に、至って気軽に声をかけたのは、片付けをしていたメイドの一人だった。
「デイジーは見たことがないのか…リュートだよ、昔私が弾いていた」
目は書類に落としたまま、王が答える。
「昔…?今はもう弾かれないのですか?」
王が顔を上げた。軽く頭を振って、頬にかかった金髪を払う。
「ああ、もう歌はやめた…2年前、即位してから」

半年ほど前にトロイアからこのダムシアンに来て、城で働くようになったばかりのデイジーは、国王−ギルバートが歌うのを一度も聞いたことがなかった。

ダムシアンの王族は、音楽への造詣の深さでも知られている。
現国王も、美しい声の優れた歌い手だったが、即位を機に、長かった髪をばっさりと切り落とし、歌うこともやめてしまったのだと、古参のメイドから聞いたことがあった。
ギルバートが即位したときは終戦直後で、国の復興に誰もがおおわらわだったという。
髪を切り、歌うことをやめたのは、疲弊したこの国を背負って立たねばならない、という決意の現われだったのかもしれない。

「でも私…陛下の歌を聞いてみたいです…」
「デイジー」
ギルバートの声は静かだったが、有無を言わさぬような響きがあった。
「は、はい」
「すまないが、この仕事がまだ片付かないんだ。ここは後でいいから、他の部屋へ行ってくれ」
退出を促されていると気付き、デイジーは慌てて頭を下げた。
「は、はい、申し訳ありません…失礼します」
王は、気にするな、というように小さく首を振ったが、彼女は気付かぬまま退出していった。

ギルバートは、彼女が見ていた机の上に目をやった。
2年前から一度も開けていない革のケース。
国王としての日々は多忙だった。
使わぬのなら片づけてしまえばよいものを、なぜか目の届かぬところには置きたくなかった。
調律もしていないから、音も悪くなっているかもしれない。
苦笑ともため息ともつかぬ小さな息をつき、王は再び書類に視線を戻した。



それから一月ほども経ったころ。
ようやく公務も一段落つき、ギルバートにも時折城の周囲を散歩するくらいの時間の余裕ができてきた。
しかし、その頃から、どこか落ち着かない気分でいることが多くなった。
胸の中に何かが渦巻いている。それが何かは、自分でも分かっていた。
ふとした時に、心に浮かんでくる旋律。言葉。詩。歌。
歌いたい。
そうは思っていたが、もう2年も歌っていない身体だ。
もう昔と同じようには歌えないだろう。
歌い手として、自分で納得のいかないような歌は歌いたくなかった。
それに、一段落ついたとはいえ、国の復興はまだまだ残っている。
歌など歌っている場合ではない、と自分に言い聞かせて来た。
散歩をしていても、あまり楽しそうな顔もしない王に、臣下達は首をかしげていた。



ある日の夕方、ギルバートは一人で庭に出た。
庭師たちも仕事を終えた後なのか、人の姿はどこにも見えなかった。
一人になるのは久しぶりだ、と思った。
身体を投げ出すようにベンチに腰を下ろす。彼らしからぬぞんざいな動作は、疲れから来るものだったのだろうか。
何気なく空を仰ぐ。夕焼けが訪れる直前の、薄い青インクの入ったような空。
真昼の抜けるような空よりも深みがある気がして、彼はこの空の色が好きだった。
そして、今は亡き恋人も。この空色を「青インク」と表現したのは彼女だった。
深い空色を背に、振り向いて笑った彼女の赤い髪は浮き立って、本当に美しかった…


胸が高鳴りはじめる。今でも、彼女が死んだときのことを思うと泣きたくなる。
天上の彼女に届くだろうか。今、この空の下で、精いっぱい歌えば…


自分は生きている。ここで、生きていく。君と、君の父さんの分も、きっと…


彼の細い指が、リズムを取るようにベンチの肘掛けを叩く。
自分でも気付かぬうちに、歌いはじめていた。


 “ Olha o ceu  tao  lindo
    Cheio  de  estrelas
    Cheio  de  sonhos  da  gente
    Que  espera  paz …“

周りに誰もいなかったことと、空の色が、彼の心を解放したのかもしれない。


 “ Em  coracoes  da  toda  gente
    Ha  estrelas  lindas  assim
    Que  iluminam  carinhosamente
    Sao  as  estrelas  do  amor …“

昔、恋人に教わった曲だった。歌詞は彼女も「知らない」と言ったので、その時々で即興の歌詞を入れて歌ってきた。
楽しいときには陽気な詞で、悲しいときには悲しい詞で、何度も歌っているうちにこの曲は彼の分身のような存在になっていた。


 “ Vem  mais  perto  menina
    Ouca  o  meu  violao
    E  a  minha  cancao
    Que  canta  beleza  da  noite …“

やはり、昔のようには声が出なかった。声量も声の伸びも足りない。息が続かない。
自分でも無様だと思ったが、歌い続けた。


 “ A  gent  esquece
   Na  correnteza  da  vida
   As  esperancas
   E  as  coisas  boas  da  vida …“

彼女を亡くしたときには、悲しみも苦しさも永遠に終わらないものだと思っていた。
彼女の後を追うきっかけをいつも探していた。
それを忘れさせてくれたのは、共に旅した仲間。
自分と良く似た眼をした黒い鎧の騎士、彼に自分と同じ苦しみを味あわせたくはないと思った。


 “ Vem  mais  perto  menina
    Ouca  a  minha  cancao
    Eu  Sou  um  cantador
    Que  canta  esperanca  da  vida …

    Eu  Sou  um  cantador
    Que  canta  esperanca  da  vida …“


歌い終わり、息をつく。かすかにだが息が切れていた。以前はこんなことはなかったのに、自分の喉もなまってしまったものだと苦笑しながらも、良い気分だった。
ずっと自分の胸に閉じ込められていた歌が、解放されて喜んでいる、そう感じた。


その時、背後の茂みがかさり、と鳴った。驚いて振り向くと、そこにいたのはみすぼらしい身なりの子供だった。
伸び放題の髪に、大きすぎる服で少年なのか少女なのかも判然としない。
聞かれていただろうか、と思わず赤面し、すぐにそういう場合ではない、と思いなおした。

終戦後ということもあり、孤児や浮浪児は城下にも多くいた。たまたま迷い込んだものだろうが、衛兵に見つからないうちにそっと外に出してやったほうが良いか、などと考えていると、子供がおそるおそるといった感じで近づいてきた。

「…どこから来た?」
子供の視線に合わせて話し掛けたが、返事はなかった。
ギルバートの顔をじっと見つめている。
言葉が通じないか、口がきけないのかもしれない、と思ったとき、子供がハミングをはじめた。先程、ギルバートが歌っていたのと同じ旋律だ。
一区切り終わると、またじっと見つめてくる。
「ああ…歌?聞きたいの?」
ハミングに合わせて歌ってやると、子供の顔がパッと輝いた。
その薄汚れた顔が、とても美しく見えた。


「デイジー!デイジー!」
同僚に、妙にひそめた声で呼びかけられ、デイジーは不思議そうな顔で振り向いた。
「あれ…」
同僚の少女は庭のほうを指差している。
国王がベンチに腰掛け、歌っていた。その隣に見慣れない子供が座り、楽しげに身体を揺らしている。
「私、陛下が歌うの初めて聞いたわ…」
私だってそうよ、と相槌を打ちながら、デイジーは信じられない気持ちでその風景を見つめていた。

と、王がデイジーのほうを向いた。目が合って、思わず飛び上がってしまい、慌てて頭を下げる。
「デイジー」
彼女の慌てぶりがおかしかったのか、他の理由があるのか、王の声は笑っていた。
「僕の部屋からリュートを持ってきてくれないか」
「は、はい!」
小走りに駆け出しながらデイジーは、陛下が「僕」とおっしゃるのも初めて聞いたわ…などと的外れなことを考えていた。

デイジーの手からリュートを受け取り、そっとケースを開ける。
懐かしい匂いだ、と思った。

デイジーが下がろうとしているのに気付き、王は手招きした。
「僕の歌を聞いてみたいと言っていたね…聞いてくれる?」
彼女にとっては聞きなれない、少年のような口調だった。
「はい…」
夢を見ているような声で答える。
いつのまにか、同僚の少女も後ろに来ていた。

何度か弦をはじき、音を確かめる。ろくに手入れもしていなかったのに、音は2年前とほとんど変わりがなかった。
この楽器は、ずっと自分を待っていてくれたのだろうか、とギルバートは思った。
膝の上に構え、弾きはじめた。


“ Olha o ceu  tao  lindo
   Cheio  de  estrelas …“

リュートの音が、夕暮れの空に響いてゆく。
王の隣に座った孤児が、音に合わせて身体を揺らしている。
白いエプロンの少女が胸の前に手を組み、目を閉じて聞き入っている。


“ Vem  mais  perto  menina
   Ouca  o  meu  violao
   E  a  minha  cancao
   Que  canta  beleza  da  noite …“

帰ろうとしていた庭師達も集まってきていた。
チョコボを引いて通りすがった衛兵が、手綱を落としたのにも気付かずに突っ立っている。
そのチョコボまでもが、人の輪の中心に目を据えて静かに立っていた。


 “ Eu  Sou  um  cantador
    Que  canta  esperanca  da  vida …

    Eu  Sou  um  cantador
    Que  canta  esperanca  da  vida …“

最後の音が、溶けるように消えてゆく。
それと同時に拍手が沸き起こった。
歌い終えたギルバートは、かすかに息を切らし、頬を上気させて微笑みながら人々を見渡していた。

まるで、初めて王族一同の前で歌を披露した5歳のときに戻ったような気分だった。
自分の歌を喜んでくれる人がいることが何より嬉しく、本当に歌が好きになった。
あの頃には父も母もいた。城も今よりずっと美しく、隣にいたのは自慢の兄だった。

今、眼に入るのは、無残に崩れた尖塔とつぎはぎに修理された城壁。
薄汚れた孤児、箒を持ったままの少女、泥だらけの服の庭師たち。
それでもギルバートは、今自分はとても幸福だと、思った。



(あとがき)

夜中、ネットサーフィンをしているときに突然ひらめいて、2日ほどで大筋が決まってしまい、自分でも驚きました(笑)
はじめのバージョンでは、ギルバートが歌っていたのは「飛べ!イカロス」(byジャングルスマイル)という曲だったんですが、趣味に走りすぎかと思って(笑)「ファイナルファンタジーヴォーカルコレクションズU」より、「Estrelas」(「ギルバートのリュート」にポルトガル語の歌詞をつけたもの。「estrela」は「星」という意味だそうです)を使わせてもらうことにしました。
CDをお持ちの方はぜひ「Estrelas」をBGMにしてお読み下さい。

あ、それから言い訳を一つ。私、音楽を聴くのは大好きですが、楽譜は全く読めないし「猫踏んじゃった」さえ弾けないし、社員旅行のカラオケで「音外れてるぞ〜」とヤジられるくらい音痴なのです。一生懸命「らしく」なるように書いたつもりですが、音楽に詳しい方、どうか笑わないでくださいね(^^;)

2002.2.6.潮崎果林
即位してから2年…、王としての勤めを果たそうと、歌をやめてしまったギルバートが潔くも痛々しく感じられました。ギルバートって生来の楽師だと思っているので…。
でもだからこそ後半、ついに堰を切ったように歌い出す場面に心を打たれるのですね。
ギルバートの歌に人々やチョコボまでもが集い、復興の最中のひとときの安らぎの時間を過ごす…。これこそがギルバートの歌の力なのでしょうね。
彼には剣や魔法などの戦うための『力』はないけれど、歌の『力』で、人々がそれぞれ向き合う『何か』と戦う勇気をくれる、そんな気がします。
王という仕事はとても大変な重責を強いられるものだとは思いますが、彼にはいつまでも歌い続けて欲しいです。自分は勿論、人々のために…。

潮崎様、素晴らしい小説を有り難うございました!
(2002.06.03UP)
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