風吹く丘に<1>

 何かが、聞こえる――。

 ふと、青年は顔を上げた。
 陽光を紡いだような白金の髪が、男性としては些か線の細い肩をするりと滑り落ちる。露わになった顔は、女性的とも言える程に美しい。
 彼は薄い瞼を閉じて、耳に意識を集中させた。
 低く、身体に響く――機械音。徐々に近づいて来るらしい『それ』に気づき、深い藍の瞳を開く。
「? あの音は……」
 青年が立ち上がった弾みで、ガタンと音を立てて椅子が倒れた。普段では考えられない乱暴な動作に、彼は気づく様子もない。
 向かいの席で目を瞬いたのは、赤味がかった栗色の髪の美しい女性。心配そうに見上げた翠の瞳に、窓に駆け寄って砂漠の上に広がる青空に視線を向ける青年が、映った。
「どうしたの? ギルバート」
 青年――ギルバートの背に寄り添うようにして、女性も窓辺に立つ。そうして、彼の険しい視線の先を辿り、目を見開いた。
「あれは……、まさか?」
「君もそう思うかい、アンナ? あの黒い船体、真紅の旗……。間違いない。あれは、バロン王国の飛空艇団『赤い翼』だ」


 バロン王国は、ここ――ダムシアン王国を南下した位置にある軍事国家である。
 但し、『軍事国家』とは言っても、ごく最近までは世界最大の軍事力(ちから)を持ちながらも、他国を侵略することはなかった。その王は、聖騎士(パラディン)として名を馳せた温厚篤実な人物で、各国の王の信頼を集めていた。
 しかし――。
 ここ数年で、バロン王国は一変した。

 これまであった近衛兵団を始めとする七つの兵団の他にもう一つ、暗黒騎士団という不気味な兵団を新たに設立。更には、飛空挺団『赤い翼』を使って各地に点在する四つのクリスタルを集め、他国と争いを起こす始末だ。
 つい先日も魔法国家・ミシディアで水のクリスタルが奪われ、多数の魔道士や住民に被害が出たと聞く。


「今回の標的は、ダムシアン(ここ)ってワケか……」
 ダムシアン城にも、火のクリスタルが安置されている。いずれは狙って来るだろうと、予測してはいたが――。
 苦々しげに呟くギルバートに、アンナは緩く首を振った。
「まだ、そうと決まってはいないわ。ただの使節かも知れないし、……この国に来たとも限らないじゃない?」
 言いつつも、彼女自身も信じているわけではない。ただの希望的観測――信じたくないのだ。
「っアンナ!!」
 突然、ギルバートがアンナの身体を抱き込んで、窓から庇った。
「な、何? ギル……」
 驚くアンナの声を、重なった地響きに掻き消す。
 『赤い翼』の砲撃だ。振動で、窓に嵌め込まれた硝子が今にも割れそうに、ビリビリと震えた。
 城壁のすぐ手前で爆発したそれは、おそらく「抵抗するな」という威嚇だろう。
「やはり狙いはクリスタルか……。アンナ、君は逃げるんだ。城にいる、女性や子供たちを連れて」
「何を、言っているの……? ギルバート、貴方はどうする気?」
「僕は……」
 言いかけた声は掠れ、震えていた。
 一旦口を閉ざしたギルバートは、自らの震えを抑えるようにギュッ、と拳を握る。俯けていた顔を、上げた。
「僕は、この国(ダムシアン)の王子だ。この城を、バロンの好きにはさせられない。……迎撃する」
 緊張のためか強張った彼の頬を両手で包んで、アンナは囁いた。
「だったら、私もここにいるわ。私たちは『どんな時でも一緒だ』って誓ったハズよ?」
「アンナ……。しかし、」
「心配しないで。皆はちゃんと脱出出来るように手配するから!」
 にっこり笑ったアンナの顔を見て、その意志を変えられないことを悟ったギルバートも、苦笑する。頬に当てられた彼女の両手に自分の手を重ねて、
「解ったよ、アンナ。皆を頼む。……ただ、絶対に無茶はしないで。無理だと思ったら迷わず逃げて欲しい」
「ふふ、ギルバートったら心配性ね。でも、解ったわ。気をつける。……だから貴方も」
「うん」
 そっ、と唇を合わせた後。
 二人は駆け出した。

 それぞれの目的のために。



「撃てっ!」

 指揮官の号令と共に、ダムシアン城中に轟音が響き渡った。
 城壁に配された大砲から打ち出された砲弾は、飛空艇の船体に当たっていくつもの爆発を起こす。だが、船団は大したダメージを受けたふうでもなく、スピードを緩めもしない。
 砲兵たちの後方に立つギルバートの白い額に、冷たい汗が流れた。


 ついに、『赤い翼』からの本格的な攻撃が始まった。船体横のカノン砲が、次々と火を噴く。
 いくつめかの砲弾が、城の最上階に命中した。
 そこには――ギルバートの父である、現ダムシアン王がいるはずだった。
 崩れ落ちる白亜を見上げたギルバートの脳裏に、つい先程、大砲の使用許可を下した父王の顔が浮かんだ。息子を心配する父、しかし王としての責務を果たすため、ギリリと結した、その顔が。
「ち、父上!? ……っオルガ、済まないがここを頼む! 私は、父上の元へ行く!」
「はっ! お気をつけて、ギルバート様!」
 オルガと名を呼ばれた指揮官はさっと敬礼し、大砲部隊の方へ向き直った。


<続>
サイトリニューアルに際し、細々と手を加えさせて頂きました。
以前のままで載せるのは、あまりにも忍びなかったもので…… orz

しかし、書き直しても直ってない(どうしたら良いものやら分からない)部分もあるわけで。

バロンって、こんな国?ってか、ダムシアン、撃ち返してた?
……ていうか、ギルバートが格好良過ぎじゃない?(否、だって管理人、ギルファンだし←開き直った)
(再々修正//2009.01.05UP)
(再修正//2007.01.10UP)
(修正//2006.06.20UP)
(初出//2000.02.24UP)

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