風吹く丘に<2>

 駆け出したギルバートの背後から、大砲の交錯する音が追って来る。床が激しく揺れて、上り始めた階段を踏み外しそうになった。
 遠く、喚声が響く。既にどこかで白兵戦が始まっているのだろう。
「くっ……」
 所詮、軍事国家であるバロンには足掻いたところで敵わない、ということか――。
 唇を噛み締めたギルバートの後ろから、足音がひとつ、駆け足で近付いて来た。
「『殿下』!」
「! ……オルガか?」
 呟いて、振り返ったギルバートの視線の先に、先ほど別れたばかりの指揮官の姿があった。
 ――確かに、外見(すがた)は『オルガ』だった。
 だが、どことなく雰囲気が違うように感じて、ギルバートは訝しげに眉を寄せた。
「……どうか、したのか? オルガ」
「お前、を探していた……。ダムシアン王国次期国王――、ギルバート=クリス=フォン=ミューア」
 どろり、とオルガの輪郭が崩れた。

 次の瞬間にギルバートが階段を三段程も飛び上がったのは、あくまでも勘であって、ほとんど奇跡に近い行動だった。
 体勢を立て直した目の前、先程まで彼が立っていた床が激しい斬撃によって抉れている。
「何者だ!?」
 厳しい口調で問いながら、ギルバートは左胸につけたブローチに手をやった。
 『オルガ』の『皮』を脱ぎ、バロン式の鎧を着けた男が薄く笑う。酷く顔色の悪い、気味の悪い男だった。
「私の名を知ってどうする? ……そんなことより、クリスタルの場所を教えてもらおうか」
「クリスタルの?」
「そうだ。安置場所から移して、隠したのだろう?」
 男の言葉に、ギルバートは内心で首を傾げた。
 クリスタルは住民も拝することが出来るように、城を入ってすぐの中央の部屋に安置されていた。いつも――そして今日も、それは変わらなかった、ハズ。
 隠すような時間も、ギルバート自身にも余裕がなくて、思いもつかなかった。
 それなのに。
「早く答えろ! そうすれば、助けてやらなくもない」
「知らない。と、言ったら……?」
「バカなことを!」
 叫んだ男が、床を蹴った。
「ッ!!」
 鈍い音と共に、青白い火花が散る。
 男の振り下ろした剣と、ギルバートが突き出した黄金の竪琴の枠が噛み合っていた。――この竪琴は、一瞬前までは彼の胸を飾っていた小さなブローチだった。特殊な魔法が施されていて、自由に大きくしたり小さくしたり出来るのだ。
 武道の類が一切苦手なギルバートが、一撃目を飛び退って避けたのが『奇跡』ならば、今こうして剣を受け止めたのは『まぐれ』であろう。
 いずれにしても、自分の命を守れたことに変わりはない。
「なかなか……やるな」
 男は意外そうに目を見開いて見せた。近くで見ると、その顔は中年のオルガよりもずっと若く見える。
「しかし、そんな竪琴など持ち出してどうするつもりだ? ダムシアンの王族は代々竪琴の名手だと聞くが、まさか自分のために葬送曲でも弾くつもりか?」
 バカにしたような笑いを浮かべて、男は剣を杖のように立ててそれに寄りかかった。ギルバートに戦闘能力がほとんどないと知っていて、余裕を見せているのだろう。
 ギルバートは反論することもなく、竪琴を構えた。
 男性としては華奢な、それでいてしなやかで力強い指が銀の弦を弾いて、美しい曲を奏で始める。
「本当は……例え魔物(モンスター)でも、僕は命あるモノを殺したりはしたくないんだ。だけど、今は……『睡りの唄』など暢気に歌っていられる程、余裕もないから……、ごめんね……」
「何をワケの解らないことを……!」
 竪琴を爪弾きながらも哀しそうに呟くギルバートに苛立って、男が剣を構え直そうとした。
 だが。
「!? か、身体が……ッ! ウ、ウゥ……」
 突然苦しげに呻いた男が、階段に膝をついた。そのこめかみから、たらりと真紅の血が滴り落ちる。
「な……、何を、した?」
 それでも立ち上がろうと床に手をつく男に、ギルバートは緩く首を振った。
「何も。ただ、貴方のために『鎮魂曲(レクイエム)』を弾いただけだ……」
 哀しげな余韻を残して、曲が終わる。
 ピクリとも動かなくなった男の身体は黒い塵に姿を変え、やがて解(ほど)けるように消えた。
「魔物、だったのか……」
 深い藍の瞳に驚きの色を浮かべて、ギルバートは呟いた。

 一体、バロンは何を考えているのか――、否。
 バロンだけでなく、世界で、何か恐ろしいことが起きているような気が、した。


<続>
間違いだらけっていうか、捏造だらけのこの小説(ウチのサークルの本はみんな、こんなモンです←また開き直ったよ、この人……)。
……まさかとは思いますが、鵜呑みになさらないで下さいね、念のため;

例えば『クリスタルの安置場所』。
ゲーム中ではダムシアンのクリスタルルームって出て来ないんで、きっと崩れて行けない玉座の間の上辺りにあるんじゃないかと思うんですけどねー。
作っちゃいました♪ 部屋まるごと(笑)。

まぁ、『大きさの変わる便利な竪琴』なんて、ドラ○もんもビックリな便利道具の出現に比べれば、小さいコトですよね?(笑)
 
(再修正//2009.01.05UP)
(修正//2007.01.10UP)
(初出//2000.04.08UP)

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