風吹く丘に<7>

 その小高い丘の上には、墓地があった。
 砂漠の王国、ダムシアンの共同墓地である。
 中央奥に王族の祭られる霊廟、その周りには一般国民の小さな墓が転々と並んでいる。
 ダムシアン城の西に位置するその丘からは、王国の要であり、『街』でもある城を遠くに眺めることが出来た。墓は皆、まるでそれを見守るかのように、そちらを向いている。
 今は未だ、一年前のバロン王国の襲撃のために崩れ落ちたままの、その城を。
 国土の殆どが砂に覆われているダムシアンでは、『土』のある土地……ましてや城を望むことの出来るのようなこうした丘は、貴重な存在である。
 死して尚、愛する者たちを見守りたい――。その願いを叶える、場所。
 だからこそ、この墓地は身分に関係なく平等に開け放たれていた。

 国民は自分の家族や先祖を祭る墓を参る際に、必ず王族の墓にも供物を捧げるという。それは誰に強制されたものでもなく、この国を興した王族に対する感謝と敬愛の印に他ならない。
 そうして、祈りや信仰といったものを通して、ダムシアン王族と国民は深く結びついていた。


 墓地は薄藍の闇に沈んでいた。
 月はとうに西の山々に沈み、そろそろ夜が明け始めるだろうという、時刻。
 砂雑じりの土を踏む微かな音が、辺りの冷たい静寂を震わせる。その音はゆっくりと、しかし確実に墓地へと近づいて来る。
 地平線から投げかけられた最初の陽光が黄金(きん)色に煌めいて、丘の上に散らばる白い石の人工物を浮かび上がらせた。
 徐々に明るくなっていく丘の東側の斜面から人影が一つ、姿を現す。
 先ほどの煌めきを集めて糸にしたような見事な金髪と、晴れた空を映す海の色の瞳を持つ、青年だ。背には旅人がよく用いる麻袋を負い、腕に小さな布包みを大切そうに抱えている。
 青年は墓地の入り口に設けられた小さな門のところで、登って来た道の方向を振り向いた。視線の先で、漸く地平線から顔を覗かせた太陽に、ダムシアン城の姿が照らし出されていく。
 砲撃によって無残に崩れた城の周りに、補修のための足場が組まれているのが見えた。それを見た青年の口元に、小さな笑みが閃く。
「あれから1年、か……」
 ぽつり、と呟いて、青年は再び方向を変え、墓地内へと入って行く。
 入り口から迷うことなく一直線に進み、正面に佇む霊廟の前で足を止めると、右手を左胸に当てて頭を垂れた。
「父上、ただ今戻りました……」
 にこり、と笑って、王族の墓たる『それ』に語り掛ける。
 彼こそは、このダムシアン王国を治める王家の最後の生き残り――そして7代目の国王となる、ギルバート=クリス=フォン=ミューアである。
 父母や先祖の眠る墓の前で、ギルバートは旅の記憶に思いを巡らせた。

 バロンによるダムシアン襲撃、それが始まりだった。
 途中で事故に遭い、彼は北方のトロイア公国に助けられた。そこで身体の回復を待つ間に、仲間たちが世界を揺るがす影(モノ)と戦っているのを知ることとなる。
 彼らの戦いを少しでも助けることが出来れば、とバブイルの巨人が現れた際には、トロイアを治める女神官たちと共に飛空挺で、それこそ各国総出の囮作戦にも参加した。
 諸悪の根源を断ち切るために仲間たちが月へと旅立った時、力なき自分が出来ることを探して、ギルバートもトロイアを後にしたのだ。そうして訪れたミシディアでは、月から降り注ぐ暗黒の念波を弱めるために、祈る人たちに加わった。
 そして今、仲間――セシルたちによって平和の訪れたこの星を肌身に感じながら、ダムシアンへと帰郷して来たのである。

 過去へと向かう意識を引き戻して、口を開く。
「世界の危機は退けられ、国にも人が戻り初めているようです。……既に城の修復が始められている様子ですよ。僕も……否、私も負けてはいられませんね」
 そこで言葉を切り、ギルバートは表情を改めた。
「これからは、父上の遺されたこの国と民のために精一杯働きます。それが、今の私に出来る最善のことですから……」
 深く一礼をして、一歩後ろに下がる。敬礼の型を取っていた腕を解き、ギルバートは霊廟の隣に配された、真新しい墓に歩み寄った。
「……アンナ……」
 そっと紡がれたその名は最愛の、けれどもうこの世にはいない恋人の名だった。
 麻袋を地面に下ろし、彼は墓の前に膝を着いた。そっと墓石をずらすと中は空洞になっていて、蓋つきの素焼きの壷が一つ、ぽつりと置かれている。遺体を火葬した後に残る骨を納めた、骨壷だ。
 ギルバートは抱えた布包みを解いて、その中身を穴へと差し入れた。良く似た壷が二つ、並ぶ。それは。
「テラさん、すみません。勝手かとは思いましたが、こちらでアンナと一緒に、僕を……この国を見守って下さい。……あ、奥さんのお墓もカイポで探して一緒にしたほうが良いでしょうね、やっぱり。申し訳ありませんが暫くの間、お待ち下さい」
 アンナの父、テラの骨を納めた壷に向かって話し掛け、苦笑する。きっと、テラが傍らにいたら「もっとしゃっきりせんか!」などと怒られていることだろう、と思いながら。
「……もう、テラさんには会えているだろうか、アンナ……。お母上と、三人で仲良くしているかい?」
 亡き恋人に呼びかけるギルバートの表情は酷く穏やかだったが、声には未だ拭いきれない悲しみの色が滲んでいた。
「アンナ、これからが僕の戦いになると思うんだ。……もう暫く、僕を見守っていてくれ……」
 言って、墓石を元通りに戻すと、礼をして立ち上がる。
 辺りはすっかり明るくなって、砂漠の夜の冷え込みが徐々に解け始めていた。
 ギルバートは再度霊廟の正面に立ち、石の陰の扉から手の平にすっぽりと収まる小箱を取り出した。詰襟に隠れた首に掛けていた金の鎖を外し、その先に下がった小さな鍵で小箱の封印を解く。
 パクン、と音を立てて開いたその中には、1年前、彼の命を救った黄金の竪琴がブローチの形で収まっていた。代々に伝わる家宝を危険な旅には持って行けない、と出立前に行った父王の埋葬時に、ここに隠していったのだ。
 ギルバートがそれを手に何事かを口の中で呟くと、一瞬の光を放ってブローチが竪琴に変化した。
 ギルバートは恐る恐るといった様子で、竪琴の弦を一本ずつ爪弾いていく。一つずつの音を正確に聞き取るように目を閉じ、ゆっくりと……。
 長らく放って置いたにも関わらず損なわれることのなかった美しい音色に、うっとりと微笑む。
 彼は祭事を行うために設けられた墓地中央の広場まで戻ると、霊廟を背に城の方角を向いたまま、竪琴を掻き鳴らし始めた。伴奏が促すままに、その歌声を空に放つ。
 ダムシアン王国の者であれば、物心がつくかつかないかのうちに覚えるという、その歌。
 それはこの国が興るきっかけを作った歌であり、それ故にこの地に住む人々にとって守り歌として親しまれている歌であった。
 美しい朝焼けに染まった空に、澄んだ音色が溶けて消えていく。
「きっと、『貴方たち』に恥じない国を、作って見せるよ」
 堅い決意を言葉(カタチ)にして、ギルバートは墓地に残す。
 父やアンナ、兵士たちといった一年前に命を落とした者たちだけでなく、この国を築いてきた古の王たちと国民に、誓うために。


 ギルバートは丘を降り始めた。背には麻袋を負い、黄金の竪琴はブローチとして襟元に留めて。
 その視線の先、ダムシアン城の周りに組まれた足場で、既に人々が働き出しているのが、見えた。
 彼は嬉しそうに笑って、ゆっくりと、けれど確実な足取りで坂を下って行く。
 崩れ落ち、主を失ったままの城へと。
 ――この国の復興を信じる、人々の元へと。



 今や丘の上には誰もいない。
 墓地の門の脇に、一輪の可憐な野薔薇が咲くだけだ。
 ダムシアン城を見下ろす格好で咲いたその花弁を揺らして。
 風が、疾(はし)った。

<了>
エピローグ的なお話です。

国王となるギルバートが戻るのを信じて国民が頑張ってくれてたら……という萌え(燃え?)を注ぎ込んでみました(笑)。
ダムシアンって砂漠で過酷な環境だし(城の中に街がある……とゆーのはマイ設定だけど;)、王族と国民の結びつきが強いんじゃないかなぁ、と。
元々は隊商だったワケですしね。一致団結で復興に向かっていってくれるのでは。

ダムシアンのお墓事情とか埋葬の仕方、とか……今回も絶好調に捏造しております。
イメージ的に土葬かもとも思ったのですが、埋める土地が少なそうだったのでコンパクトに出来る火葬にしました。
そして、さりげなーくテラさんちのお墓を勝手に移動しようとしているギルバート(笑)。ちゃっかりというか何というか……愛の為せる業と、軽く目を瞑ってやって下さい(笑)。


最後まで読んで下さって、本当に有り難うございました。
ギルバート成分の自給自足(笑)として書き始めたお話でしたが、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。
(修正//2009.01.05UP)
(初出//2002.09.18UP)

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