風吹く丘に<6>

 トロイア国から『土のクリスタル』を奪ったダークエルフ。
 彼(か)の者が住むという洞窟は、トロイア王国の東に広がる深い森の奥、大きな河を越えた岩山にあった。

 ひそひ草から伝わる仲間の声に耳を傾ければ、病床にあるギルバートにもセシルたちの動向は分かる。
 目を閉じて聞き入っていたギルバートは、セシルたちが洞窟の中に入るや否や、頭がぎゅっと押さえつけられるように重くなるのを感じた。
 思わず、枕元に置いたひそひ草に目を向ける。
 この洞窟の中では、ダークエルフが施した術によって地面が放つ強い磁力を放つようになっており、金属製の武器や防具では身動きが取れないという。
 剣と鎧を外したセシルは慣れない弓矢を使って戦うことにしたようだが、如何せん攻撃力が著しく落ちてしまった。ひそひ草からは、苦戦しつつも洞窟の奥へと進んで行く一行の様子を伺える。ヤンの武器である爪が影響を受けなかったことだけは、幸いだった。
 けれど。
 ダークエルフは、やはり強敵だった。
「コンドハコチラカライクゾ……!」
 ダークエルフが放った魔法に、あっと言う間に仲間たちが薙ぎ倒されていく。
「セシル!?」
 思わずひそひ草に向かって叫んだギルバートの声にも、反応は返って来ない。
 嫌な静けさの中、ダークエルフの勝ち誇ったような笑い声だけが、ひそひ草を震わせる。否、それだけではない『何か』を感じて、ギルバートは必死に耳を澄ませた。

 ――奇妙な音が、していた。

 普通の者には聞こえないであろう、単に聴力が優れた者にもただの耳障りな雑音でしかない、その『音』。
 それは、強い魔力を帯びた『呪』――セシルたちを苦しめる洞窟の磁力の源だったのだ。
 優れた吟遊詩人だからこそ、ひそひ草が伝えてくるその音に気付いたギルバートは寝台を飛び降りた。
 驚いたのは、壁際に立っていたレイラとビィンだ。ギルバートの消耗は激しく、ベッドの上に半身を起こしていることでさえ、長い間は難しいというのに。
 何とか止めようとする2人の手を押し返し、ギルバートは棚に置かれた自分の竪琴を手に取った。
 手慣れた様子で調律を済ませ、弦に指を添える。


 セシルの腰帯に括り付けられたひそひ草から、静かに竪琴の音が流れ出した。
 ギルバートの奏でるその暖かい音色にダークエルフの磁力を操る力は封じられ、セシルたちの傷が見る見るうちに塞がっていく。
「セシル! この曲がダークエルフの磁力を封じる! だから今のうちに……剣を!」
「ギルバート?……解った!」
 澄んだ光を帯びたセシルの剣が、ダークエルフの身体を袈裟懸けに切り裂いた。悪しき力を使う魔物は、パラディンの使う聖なる剣が苦手なのだ。
「ナラバ……スガタヲカエテ……!!」
 ダークエルフはいよいよ自分に不利と悟ったか、巨大な闇色の竜に変化して再び襲いかかってきた。
 離れた空間を結んだひそひ草はギルバートの元に、戦うセシルたちの声を運んでくれる。その声に励まされるようにして彼は、再び上がり始めた熱にくらくらする頭をなんとか支えながら、竪琴を弾き続けた。レイナやビィンが止めるのにも構わずに、ただ一心に。
 大事な『仲間』たちのために。
 『敵』と闘うために。
 そして、『運命』に立ち向かうために―――。


 ダークエルフの断末魔の悲鳴が上がった。
「やったぞ、ギルバート!」
 ひそひ草から聞こえてきたセシルの声に小さく微笑んで、ギルバートは糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。
『ギルバート……、貴方は本当は勇気のある人よ。だから……自分を信じて……、生きて』
 薄らいでいく意識の中、彼は愛しい恋人の声を聞いたような気がした。



 名を呼ばれて、ギルバートは目を開けた。
 目の前には、ほっとしたように表情を緩める4人の顔。
「……セシル……、皆……、やったんだね……」
「君のお陰だよ、ギルバート。君の援護がなかったら、きっとあのまま勝てなかった……。あの曲は?」
 セシルの言葉に、ギルバートはくすぐったそうな笑みを浮かべた。
「あの曲は……以前、旅をしていた時に聞いた、悪しき妖精を戒める曲なんだ……」
「お陰で助かりましたぞ、ギルバート殿」
「そんな、僕なんか……」
 言いさして、不意に苦しげに身を捩る。激しく咳込むギルバートの背を固い掌が擦ってくれ、何とか彼は呼吸を整えた。
 礼を言おうと振り向いて、ギルバートの視線が一瞬固まる。
「……テラさん……」
「アンナも……」
 ギルバートの背を擦っていた手を下ろして、テラは口を開いた。
「アンナも幸せじゃったろう。お主のような勇敢な者と、愛し合うことが出来たのじゃから……」
「テラさん」
「……今はこれ以上無理をせず、身体の回復だけを考えるが良い。アンナの仇はワシが、メテオで必ず取って見せる!……お主の分もな」
 そう言って、テラはニヤリ、と笑った。ギルバートがアンナと出会って以来、初めて目にする老人の笑顔だ。
「……有り難う、ございます……!」
 本当ならば起き上がって礼を尽くしたかったが、無理が祟った身体が言うことを聞かない。だから、ギルバートはその一言に精一杯の気持ちを込めて、唇から送り出した。
 これ以上はギルバートの身体に障る、ということで、レイナが一行に面会を切り上げるように告げる。
 他の三人が出て行った後、残ったセシルが静かな声で言った。
「ギルバート、君は勇気ある男だ……」
「セシル……」
 目を瞠ったギルバートに軽く手を振って、白い甲冑が扉の向こうへと姿を消す。
 その後ろ姿に、ギルバートはそっと囁いた。
「……有り難う」
 『力』を持たない自分が皆の助けになれた――。そのことがギルバートには何よりも嬉しく、誇らしかった。
 皆を守れる『力』を――敵を倒す『力』を望んだけれど、それは他人のものを羨むだけの行為でしかなかった。けれど、自分にしか出来ない、自分だけの『力』があるということを、彼は知ったのだ。
 再び、疲労から来る泥のような眠りに引き込まれながら、ギルバートは心の中で恋人に語りかけた。


 ――アンナ。
 僕にもやっと、君の伝えたかったことが解った気がするよ……。
 敵と戦う力や技があるとか、魔を滅ぼす術を使えるとか、重要なのはそんなことじゃない。
 僕が『僕』のままで出来ることをする、その勇気を持つこと。
 それが、一番、必要なんだね……――

『ギルバート……! 自分を信じるのよ。……勇気を出して!』

 カイポの夜、幻となってまで自分を励ましてくれた恋人の言葉。
 ずっと心の底に沈んでいたその言葉は今、漸くギルバートの中にしっかりと根を張ったのだった。

<続>
ちょっと走り過ぎた感がありますが、ギルバートの存在が(多分)見直される機会となった土のクリスタルイベントの章でした。
敵と直接対峙してはいないのだけれど、重要な役割を担ってましたよね。
ゲーム中、ゆっくりゆっくり竪琴に近づいていく彼を見て、「そこに立っている医者に持って来てもらえば良いのに……」とツッコんだのも良い思い出です(あれ? 良い話じゃない?)。

個人的には、ここでテラと和解が出来ていて本当に良かったなぁ、と思います。
この後、テラはFF4の仲間になるメンバーでは唯一亡くなるわけで、わだかまりを残したままでは双方とも苦しかったのではないかと思うので……。
(修正//2009.01.05UP)
(初出//2002.02.25UP)

BACK / HOME / NEXT